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「下着売り場の女が見た夢」レースを触れる指先の奥で、疼くものがある。


百貨店の二階、婦人下着売り場の朝は静かだ。
開店前のフロアに、まだ人の気配はない。
照明が一つずつ灯り、柔らかな音楽が流れ始める。


私はカウンターの中で、ガラス越しに並ぶブラジャーやショーツの位置を整える。
淡いピンク、生成り、ラベンダー……。
季節ごとに並び替えられる色のグラデーションは、まるで花壇のようで、見ているだけで心が落ち着いた。

「この色、若い人には少し落ち着きすぎかしら」
独り言のようにつぶやきながら、私は手にしたレースの端を指でなぞる。
その感触が、なぜか遠い記憶を呼び起こすことがある。

若いころ、初めて買ったレースの下着。
自分のために選んだ、たった一枚の“特別”。
あの頃は、鏡を見るたびに少し背筋が伸びた。
けれど、いつのまにか鏡は“確認のため”の道具になってしまった。

店長が声をかけてきた。「今日もお願いしますね、藤崎さん」
私は笑顔でうなずく。「はい、いつも通りです」
日常のあいさつ。
でも“いつも通り”という言葉が、少しだけ胸に重く響いた。

私は四十五歳。
十数年この売り場に立ち、何千人もの女性の「下着選び」に立ち会ってきた。
なのに、自分の“心の中身”だけは、まだ上手に整えられずにいる。

──人の肌に近いものを扱いながら、
いちばん遠いのは、きっと自分自身の心なのだろう。


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